アーチェリーの“刺さらない矢”が開く新たな扉、町工場が挑むパラスポーツの普及
東京都江戸川区に拠点を置く株式会社西川精機製作所は、金属加工などを手掛ける従業員10人ほどの町工場です。元々はB2B(企業向けに製品やサービスを提供する企業)の事業を営んできた同社ですが、長年のものづくりで培ってきた技術力を社会課題の解決に生かそうと、車いす利用者向けのボウリング投球補助機や、免許不要の特定小型原動機付自転車「Blue Jay」など、ユニークな製品を次々と生み出してきました。
そして近年、同社が特に力を入れているのが、障がいの有無や年齢を問わず誰もが簡単に楽しめるアーチェリーセット「ENJOY ARCHERY(エンジョイアーチェリー)」の開発と普及です。代表取締役の西川喜久(にしかわ よしひさ)さんは、自らもアーチェリー競技者であり、一度は日本から姿を消した国産アーチェリー弓具の復活にも挑んできました。なぜ西川精機製作所がパラスポーツの世界に足を踏み入れ、独自のスポーツ用具づくりに情熱を注ぐようになったのか。その軌跡を西川さんに伺いました。
車いすでもボウリングを楽しみたい!
西川精機製作所がスポーツ用具の開発に取り組むようになった原点は、2014年ごろにさかのぼります。
縁あって車いすの設計技師や理学療法士、重度障がい者の介助に携わっていた方々と出会った際、「車いすに乗っている子が、理学療法士の方に『ボウリングって見たことはあるけど、やったことがないんだよね』と話していたエピソードを聞いたのがきっかけでした」と西川さんは振り返ります。
従来、障害のある方向けの補助器具はありましたが、ただし、一般的なものだと、車いすの横などに置いたスロープに介助者がボールをセットし、そのボールを車いす利用者が押し出すだけでした。これでは、自分の意思でボールを投球したり、コントロールしたりするという、ボウリング本来の楽しさが薄れてしまいます。
そこで西川精機製作所が開発したのが、車いすに直接取り付けられる投球装置でした。利用者自身が車いすを操作してブレーキをかけると、慣性の力でボールだけが転がっていく仕組みです。手や腕の力だけでなく、車いすの動きそのものを使ってボールの方向をコントロールできるよう設計されています。
開発にあたって、車いすは利用者一人一人の体格や障がいの状態によって形状が大きく異なるため、「同じものが基本的にない」(西川さん)という難しさがありました。それでも、療育センターなどに何度も足を運び、理学療法士や利用者本人などからのフィードバックを受けながら試作を重ね、最終的に6代目で完成形に到達。2017年には特定非営利活動法人キッズデザイン協議会が主催する「キッズデザイン賞」を受賞するまでに至りました。
実際にボウリング場で使われた様子を見て、西川さんは大きな手応えを感じたといいます。
「お子さんと同じようにお父さんも車いすに乗って対戦してもらいました。すると、普段はストライクを連発するほどボウリングの得意だった人が下手になったりして、とても盛り上がりました」
一方で、この取り組みは事業としての厳しい現実も同社に突きつけました。ボウリング投球補助機を貸し出した療育センターなどでは喜んで使ってもらえたものの、そこから購入してまで継続的に利用してくれる施設はほとんどなかったのです。この苦い経験が、後のENJOY ARCHERY開発における重要な教訓となりました。

国産アーチェリーの復活を目指す
西川さん自身がアーチェリーと出会ったのは2011年のこと。江戸川区内のスポーツ施設で開催された初心者講習会に参加したのがきっかけでした。「子どものころから弓矢には興味があったんです。たまたま地域の広報誌で講習会があることを知り、休日だし行ってみようかなと思ったのが運の尽きでした」と西川さんは笑います。
すぐにアーチェリーにハマり、競技にのめり込むうちに、西川さんは自分で弓具を作ってみたいと考えるようになります。「町工場の職人として、出来上がった製品を見ると、どうやって作るんだろうと頭の中で考えてしまう。職人魂ではなく、もはや職人病ですね」と西川さんは語ります。2013年ごろからデータ収集を始め、独力でアーチェリーの弓具を製造します。最初の試作品は決して完成度の高いものではなかったといいますが、これを見たアーチェリー関係者の反応が転機となりました。
実は当時、国産のアーチェリー弓具は存在していませんでした。かつては国内メーカーによる製造も行われていたものの、2010年前後にはすべて国内から撤退していたのです。
何とか国産のアーチェリー弓具を復活させたいという思いも、西川さんの心を奮い立たせていました。そうした中、人づてに紹介されたのが、かつての国内メーカーでアーチェリー製造に携わっていたエンジニアでした。会社の撤退とともに業界を離れていたこのエンジニアは、当初は依頼を固辞していたといいますが、西川さんが“三顧の礼”を尽くし、実際に作った弓具を見せたところ、態度が一変します。
「本気で作る気のあるやつがいるんだと認識してもらい、真剣に教えるという話になりました」
このエンジニアを技術顧問として迎え入れ、製造技術を一から学んだことが、西川精機製作所におけるアーチェリー事業の本格的なスタートとなりました。
ただし、同社の本業は金属加工であるため、アーチェリー弓具の製造には表面処理や金属塗装など他の技術も必要でした。そこで地元の中小企業の経営者仲間に協力を呼びかけ、国産アーチェリーの復活プロジェクトを立ち上げることに。「プロジェクト桜」と銘打ったこの取り組みによって、大きな一歩を踏み出し、2020年に製品は完成しました。
元日本代表選手との協業で生まれた「Eagle-K」
こうして復活した国産アーチェリー弓具は、2020年に米国・ラスベガスで開催された世界的なアーチェリー大会でブース出展し、海外の競技者から高い評価を受けました。一部の選手は実際に製品を使用し、米国大会での優勝やフランス大会での準優勝といった実績も生まれています。
しかしながら、日本国内での普及には壁がありました。アーチェリーを始める層の多くは大学生で、初めての用具選びでは先輩やコーチの勧めに従う傾向が強いといいます。「実績もない、昨日今日できたアイテム。それでいて価格は約20万円というハイエンドクラス。自分の弟子にこれを使ってみろと勧める指導者はほとんどいませんよ」と西川さんは導入の難しさを口にします。国内展示会への出展も、実績のない企業という理由で断られることが続きました。
転機となったのは、元日本代表選手で長年ヤマハのアーチェリー部門に在籍し、立命館大学でコーチも務めた亀井孝(かめい たかし)さんとの出会いです。「きちんとした機能を実現できる弓具ならば自分のノウハウを一緒に注ぎ込んでもいい」という亀井さんの協力を得て開発したのが、「Eagle-K」というモデルでした。
Eagle-Kの特徴は、上下の板バネから生まれる力を矢に均等に伝えるバランス設計です。一般的なアーチェリーは、人間が弓の下部を握るため、構造上どうしても上部が重くなりがちです。Eagle-Kはこの重量バランスを精密に調整。また、不良振動の解消や、スタビライザーの取り付け位置を工夫することによるコントロール性能の向上などを実現しています。
こうした技術が評価され、亀井さんの薦めでEagle-Kを使用した高校生選手が大会で優勝する成果も出ています。それでも西川さんは「実績と呼ばれるレベルになるにはまだ時間がかかる」と冷静に受け止めながら、地道な普及活動を続けています。
もう一つ、製品の普及を阻む原因として、アーチェリーの競技人口そのものが少ないという点も挙げられます。そこで同社は次なる挑戦へと向かうことになります。

刺さらない矢——誰もが安全に楽しめるアーチェリー
西川さんが痛感したのは、トップアスリート向けという狭い市場の限界でした。野球やサッカーと同じように、子どものころから身近に体験できる環境があるかどうかが競技人口の裾野を決めると西川さんは話します。
「市場が小さい理由は、価格が高いからではなく、子どもや若者、高齢者や障がいのある方を含め、あらゆる人が体験する機会がないからではないか」
こうした気付きから生まれたのが、ENJOY ARCHERYです。
当時、東京都障害者スポーツ協会主催のマッチング会で紹介された東京都身体障害者アーチェリー協会との対話の中で見えてきたのは、アーチェリーが「矢が刺さる」という性質ゆえに、障がいのある人や子どもに体験してもらうことへの高いハードルがあるという現実でした。そこで西川さんは、「刺さらない矢を作れば安全になるはずだ」と考えました。
ENJOY ARCHERYは、先端をマジックテープにした専用の矢を使用し、的にはネット状の安全な枠を設置。本格的なアーチェリーで必要とされる30〜70メートルという長い射場も不要で、体育館の片隅などわずか数メートル四方のスペースで楽しめるよう設計されています。
このコンセプトは2024年度、厚生労働省の「自立支援機器開発促進事業」の枠組みのもとで具体化が進みました。江戸川区の特別支援学校などの協力も得て体験会を重ね、2025年8月に製品版が完成しています。
「弓矢を人に向けない、打っている人には近づかない、係員の指示に従うなど、基本ルールだけを守れば、誰でも安心、安全に楽しめます」と西川さんは強調します。
ENJOY ARCHERYの製品完成以降、地域の体験イベントや東京都主催のパラスポーツイベントなどに数十回出展し、累計で数千人が体験してきました。ものづくりの技術や技能を紹介する「ものづくり・匠の技の祭典」では、開催期間中の体験者数が常に上位に入るほどの人気を集めているといいます。
車いすの人たちも弓矢を放ち、的の中心に刺さった時の喜びを爆発させている姿を見て、西川さんはスポーツの持つポテンシャルや、アーチェリーが人を惹きつける魅力などを改めて実感しました。
イベントで体験した人たちからは「どこに行けばENJOY ARCHERYができるのか?」「常設された場所はないのか?」という声を多くもらうそうです。ただし、施設側からすると専用の管理体制が新たな負担になることへの懸念があり、常設化はまだ実現していません。西川さんは「専用の指導員を必要としないことが、このアイテムの強みだと自分たちでは思っているのですが、その感覚にまだ施設側が至っていない」と課題を語ります。
一方で、ホテルなど競技施設以外の場所での導入も進みつつあり、今後はパラスポーツとしての競技化を見据えた展開も図っていきたいと西川さんは意気込みます。

使う人の顔が見えるものづくり
長年、B2Bの受託加工業として歩んできた西川精機製作所にとって、パラスポーツ用品の開発は会社のあり方そのものに変化をもたらしました。「納品した先で、それを使ってくださる方々の顔が見えないのは、私たちにとって当たり前でした。今回は利用者の顔が見えるし、意見が直接聞ける。使う人の目線になってものを作るということがどれだけ重要なことか、体験させてもらっています」と西川さんは喜びます。
障がいのある人たちと接する機会が増えたことで得た気付きも大きいといいます。「我々のものづくりは基本的に、相手は機械や材料です。人を相手にすること、さらには障がいのある方々へ訴求するというのは、私たちにとってはハードルが非常に高い。だからこそ、こういう風にやれば使ってもらえるのではないかと、その人のためだけに思考を巡らせることができるのは重要な経験だと思います」
ENJOY ARCHERYを体験した子どもたちの中には、「本物のアーチェリーはどうやったらできるのか」と本格的な競技への興味を示すケースも出てきています。東京都内には23区のうち約20区にアーチェリー協会があり、初心者講習会も活発に開催されているという地域特性も、競技の入り口としての可能性を後押ししています。
金属加工という本業のコアコンピタンスを軸に、社会課題の解決へと事業領域を広げてきた西川精機製作所。一つの製品にこだわらず、目の前で困っている人のために何ができるかを考え続ける姿勢こそが、同社のものづくりの本質といえるでしょう。今後はパラスポーツとしてのENJOY ARCHERYの競技化、そして常設場所の拡大に向けて、町工場のチャレンジは続いていきます。

株式会社西川精機製作所
| 住所 | :東京都江戸川区中央1-16-23 |
|---|---|
| 担当部署 | :株式会社西川精機製作所サイト |
| 株式会社西川精機製作所サイト | :https://nishikawa-seiki.co.jp/wp/ |
| ENJOY ARCHERYサイト | :https://enjoyarchery.com/purchase/ |

