12年前に創部した杏林大学ボッチャ部は地域社会に何をもたらしたのか?
東京都三鷹市に2つのキャンパスを構える杏林大学。「眞善美の探究」という建学の精神のもと、多くのすぐれた人材を世に送り出してきました。
そんな同大学には2014年に発足した「ボッチャ部」があります。2019年に東日本大学選手権が始まって以来、何度も優勝に輝いた実力を誇り、最盛期には130人を超える部員が在籍したこともある人気の部活動です。
なぜ杏林大学でボッチャが根付き、全国に名をとどろかす強豪校へと育っていったのでしょうか。保健学部 リハビリテーション学科 理学療法学専攻の跡見友章(あとみ ともあき)教授、同専攻でボッチャ部顧問を務める一場友実(いちば ともみ)准教授、そしてボッチャ部部長の内山聖太呂(うちやま せいたろう)さん(2年生)に話を聞き、その秘密に迫りました。
ボッチャを授業に取り入れた理由
ボッチャは、2チームが交互にボールを投げ合い、目標となる白い球(ジャックボール)にどれだけ近づけられるかを競う競技です。パラリンピックでは主に脳性まひや四肢の機能に障がいのある選手が対象となりますが、年齢、性別、障がいの有無を問わず、誰もが同じルールで楽しめるスポーツとして近年注目を集めています。
現在およそ70人が在籍する杏林大学のボッチャ部は、主にリハビリテーション学科の学生を中心に運営されています。その理由は教育理念に関係しています。跡見教授によると、同学科が大切にしているのは、「多様な価値観への理解」と「専門性を深めること」という2つの柱です。理学療法の専門性とは、病気や障がいによって動きにくくなった身体機能を、その人に合った負荷で少しずつ改善していく技術のこと。ルーツには、戦争で脊髄を損傷した人の社会復帰や、生まれながらに疾患を抱える子どもたちが社会の中で共に生きていく方法を模索する点にありました。「どう生きるか」「どうより良く生きるか」を支えることこそがこの専門職の本質だといいます。
超高齢社会を迎えた日本において、理学療法士が活躍できる場は医療・介護の領域だけにとどまりません。中でも重要な柱の一つに位置付けられているのが、障がい者スポーツです。身体機能の維持・改善はもちろん、生きがいや社会参加にもつながるといった役割を果たしているからです。
杏林大学では、この考え方を学生に伝える手段として、約7年前にボッチャをリハビリテーション学科 理学療法学専攻(当時 理学療法学科)の「障がい者スポーツ演習」という授業に取り入れました。単位認定に関わるカリキュラムに組み込むという判断は、大学として障がい者スポーツを重視する強いメッセージでもあります。

強制せず自主性を尊重する指導方針
ボッチャ部誕生のきっかけは、一場准教授が偶然目にした体験会のチラシでした。ボッチャという競技の存在に興味を持ち、単身、体験会に飛び込んだといいます。大学に戻って学生にその様子を話したところ、「一緒に行ってみたい」と反応があり、実際に体験した学生たちから「部活動としてやりたい」という声が上がったことから創部に至りました。
2014年の創部当時から、理学療法学専攻の学生の約半数が入部するほどの人気ぶりで、突然30人を超える部員が集まったといいます。現在は1年生の選択科目である「障がい者スポーツ演習」でボッチャを体験した学生がさらに入部する流れが定着しており、多い年には130人を超える部員数を記録しました。毎週水曜日に定例練習を行い、大会が近づくと週3〜4回もの練習をこなしています。
大会の中でも重要な位置付けである東日本大学選手権への出場校は、東西それぞれ10〜15校程度。杏林大学は常に優勝争いする強豪校として存在し続けているのです。
上述したように、ボッチャは誰もが競技に参加できるため、特段強い筋力を必要とはしません。しかし、理学療法を学ぶ者ならではの強みもあると跡見教授は語ります。例えば、肩関節の可動域や、投球動作における腕の振り子運動と飛距離の関係を理解していることで、「この角度ならこの距離まで届く」といった分析的なアプローチが可能になるといいます。
ボッチャ部部長の内山さんも、その恩恵を実感している一人です。立ち姿勢で膝を曲げながら球を投げると拮抗筋が働いてバランスを崩しやすいことを授業で学び、以来、膝を床につけて安定した姿勢で投球するようになりました。実は、この投げ方は上級生の選手を見て、見よう見まねで始めたものでしたが、最近受けた授業で「これはこういう仕組みだったのか」と答え合わせができたそうです。感覚的に身に付けた技術が、専門知識によって裏付けられされたわけです。
加えて、ボッチャ部の強さを支えているのが、一場准教授の指導方針です。創部当初から基本的には学生の自主性に委ねていて、強制をしないことです。しかし何かやりたいと申し出があった際には、できる限りのサポートを行います。
「自ら進んでアクションを起こし、ボッチャをやることが大切です。そのようなモチベーションがなくて、言われたからやるような状況ではどの教育にも良くないと思っています」と一場准教授は力を込めます。
実際、練習日程から企業チームへの練習参加交渉まで、学生が自主的に行動を起こし、例えば、NECなどの練習会に自ら連絡を取り、参加させてもらっているといいます。

自主開催する「ボッチャ感謝祭」の盛り上がり
こうした自主性を重んじるボッチャ部の活動は、学内を飛び出して近隣地域、そしてボッチャ界全体まで広がっています。
その一つが、ボッチャの体験会です。2016年に、三鷹市の地域住民を対象に体験会を開催したところ、参加した高齢者などの反応は上々で、その後、三鷹市や小金井市を中心に10チーム以上が誕生する盛り上がりを見せました。自治体に依頼されるなどして、講演も何度も行わせていただいたと一場准教授は振り返ります。
もう一つは、ボランティアへの参加です。関東近郊で開催されるボッチャ大会を中心に、ボッチャ部の多くの学生がボランティアとして奮闘しています。毎回参加するのは6〜7人と、一定数の学生がボランティアを継続しており、一度参加した学生の大半がリピーターになる傾向があるそうです。
内山さん自身は、大学入学前からボランティア活動に興味があったというほど、積極的かつ熱心に参加しています。具体的には大会の運営スタッフやタイムキーパーなどさまざまなボランティア業務に携わっているそうです。
また、ボランティアとして数多くの大会に立ち会った経験は、競技力アップにもつながっています。トップ選手のプレーを間近で見ながら「自分ならこう投げる」とイメージトレーニングをしているとのこと。さらに、日ごろは障がいのある方たちと関わる機会が少ないため、ボランティアの場で交流を図れることも嬉しく思っています。
このような学外活動の集大成として、2024年から始まったのが、杏林大学で開かれる「ボッチャ感謝祭」です。地域での体験会やボランティアなどを通じてボッチャと出会った学生の「人とのつながりに感謝したい」という発案から生まれた同イベントは、初回は約30チーム・100人規模が参加し、昨年は個人戦44名・団体戦51チームが参加し2日間で開催。三鷹周辺住民をはじめとして企業、メディア、公務員、オンラインボッチャ協会、大学生らが集う大学発の交流イベントに発展。幅広い世代が参加しました。
背景には、各地の大会でボランティアを続けてきた学生たちが、選手や運営関係者と自然に顔なじみになっていったという経緯があります。公式戦がまだ少ないボッチャ界において、皆で集まって試合をすること自体が貴重な機会になっているのです。観戦は無料で、部員以外の学生や地域住民が気軽に足を運べる点も特徴でしょう。


パラスポーツの研究や国家事業が進む
ボッチャを中心とした杏林大学のパラスポーツに対する取組は、今後さらに発展を遂げる見込みです。昨年度はスポーツ庁が作成する「障害がある方へのスポーツ指導・関わり方 入門ハンドブック」の活用事業に採択され、健常(高齢)者が車いすに乗ってボッチャを体験する企画を実施。今年度は「パラスポーツ推進プロジェクト」の一環で、地域の施設がどの程度パラスポーツに対応できる環境にあるかを調査する取組が始まっています。
さらに、高齢者の健康寿命延伸にボッチャを活用する研究や、一場准教授が能登半島地震の被災地視察をきっかけに着想した、避難所生活におけるボッチャの有用性に関する研究も進行中です。避難所で外に出てこられない被災者に対し、身体機能とメンタルの両面からボッチャがどう作用するかを検証していく計画だといいます。
杏林大学は多くの医療系学科を擁し、人々の健康と生活を支える人材を育成することを使命としています。跡見教授は、「運動が身体に良いことは分かっていても、それを提供する場や、必要としている人につなげる仕組みがなければ意味がありません」と指摘します。そのためには、行政や地域と連携しながら、大学の側から積極的に社会実装を進めていきたいと意気込みます。現に、ボッチャ部の取組は、多摩地域を一つのモデルケースとしながら、こうした理念を体現する存在になりつつあります。
医療と介護、そして社会をつなぐ架け橋としての障がい者スポーツ。その理想的な形が杏林大学によって生み出され、着実に根を張り続けているのです。

杏林大学
| 住所 | :杏林大学井の頭キャンパス 東京都三鷹市下連雀5-4-1 |
|---|---|
| 担当部署 | :杏林大学 保健学部 リハビリテーション学科 理学療法学専攻 |
| URL | :https://www.kyorin-u.ac.jp/ |

